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次女のやきもち
次女は、長女や私ほど、激しいところが無く、いつも穏やかで察しが良い。
そして、何より余裕がある。
最近、結構めんどくさがり屋だとわかった。
自分に似ていない子は、あまり気にならない。というか、私の場合だが、あぶなげでない。
次女は、美大の3年で就活だというのに、めんどくさそうだ。
時々、私の部屋に入ってきては1つでもぬいぐるみが増えていたり写真立ての位置が変わっただけでも、すぐに気がつく。そして、10体ある人形を1つ1つ見て、「どれも、お姉ちゃんに似てるね。私に似ているのは、一つも無い。」と、言った。
これには、ドキッとした。

いつも、人形を買う時、小さい時から不憫な思いをさせてしまった負い目からか。
いつも、長女の乳幼児期の面影がある子を無意識に選んできたのかも知れない。
この子は、お姉ちゃんが生まれた時、まだひいおばあちゃんが生きていたので、おひな祭りに買ってくれた人形だと説明したら、
「じゃ、私が生まれた時には、ないのか?」
「もう、ひいおばあちゃんは亡くなってしまったので、ママが、この子、名前はルーシーを買ったの。」
「お姉ちゃんがの人形は、色白で、私のは、この色の黒い子なの?」

次女の発想は私とぜんぜん違うので、いつも予想がつかない。
次女は、小麦色の肌を黒いと気にしている。
とっさに、私は隣の白い服の、わりに色白の子を指差して、「この子、ビアンカ。ビアンは白っていう意味。○○○ちゃんが、およめに行く時、持たせてあげる。」
「ふうーん。」どこか、ひょうひょうとし、さめているが、けっこうやきもちを焼いている時があるらしい。
アルバムを見ては、「私のほうが写真が少ない。」と、言った時も、ドキッとした。
5年前、母のお葬式の時も喪服に私のお古の(20代の時の)7号を、長女に着せた。次女は高校生だったので、制服でいいと思った。
私には、言わなかったが、長女経由で、
「○○○、ママのお古の喪服、うらやましがっていたよ。」と、私の耳に入ってきた。
私も、長女なので、2番目の子ってそうなのだなと、思った。
夫も、長男だ。
| 日常の日記 | 20:18 | comments(0) | trackbacks(0) |
私と性格がそっくりな愛娘
長女が小学2年生の頃のこと。
学校から帰ってくると、いつものように玄関のベルが鳴り、
私はドアを開けて
「おかえりなさい。」
長女は、息を切らし、なにやら手には1枚のわら半紙を握り締めている。
大きな目をキラキラさせ、ほほを高潮させ、飛び跳ねながら
「ママ、夕焼けと宝石とどっちが綺麗だ。えっ、どっちだ。どっちだ。早く、どっちだ。」
赤いランドセルを、揺さぶりながら、私に問い詰める。
私は、始め何が言いたいのか解らなかった。
「夕焼けと宝石とどっちが綺麗石とかと言われても・・・・。」
だけど感覚的に、「雪の結晶の美しさや涙の美しさとかそういうことは、宝石より価値がある。お金で買えない価値の事を言いたいんだな。」と、ピーんときた。私と、感性が似ているから。

こんな時、まちがっても宝石などと言ったら、真っ直ぐな性格の長女は怒り出す。
そんなところは、私とそっくりだ。
私は、興奮している長女に、「なにがあったのか?」と聞いたが、
飛び跳ねながら、
「宝石より、夕焼けの方が綺麗に決まっているだろう。ママ、ふん。」
と、いって私に一枚のわら半紙を渡し、2階に上がってしまった。


国語のプリント「わにのおじいさんのたからもの」
夕やけを見ている時の、おに子のようすや気もちを読みとりましょう。
という問いに、
「こんなにきれいな夕やけがみれるばしょがあったんだー。おかあさんおににもみせたあげたいなー。わにのおじさんのいちばんだいじにしているたからものはきっときれいな夕やけなんだ。ここにまたくるときはおかあさんおににみせてあげよう。このたからものならいつまでたってもとっておけるしあきないやー。わにのおじいさんのたからものをあずかったんだからだいじにいつまでもとっておこう。」
こう書いてあった。

プリントには、大きな花丸がついていた。いつも、負けず嫌いで、頑張りすぎて、人に弱みを見せず、走り抜けるように生きてきた長女。長女は、私が直ぐに「夕焼け」と、答えられなかったので、腹を立てたのだった。このプリントを読んだ時、長女を思い切り、腕の中に抱きしめてやれば良かった。「ママにも、綺麗な夕焼けを見せたいと思ってくれたの?ありがとう。」と、抱きしめてやれば良かった。
私は、シャイなものだから、本当の気持ちを素直に伝えられないところがある。

このわら半紙は、黄色く色が変わり、私のライティングビューローの中に、いまでも大切にしまってある。

| 日常の日記 | 14:57 | comments(0) | trackbacks(0) |
「無関心」ほど恐ろしいことは無い
「なぜナチスを阻止できなかったのか〜マルチン・ニーメラ牧師の告白」というものがある。丸山真男が 『現代政治の思想と行動』(未来社)で、次のように紹介した。

「ナチスが共産主義者を攻撃したとき、自分はすこし不安であったが、とにかく自分は共産主義者でなかった。だからなにも行動にでなかった。
次にナチスは社会主義者を攻撃した。自分はさらに不安を感じたが、社会主義者でなかったから何も行動にでなかった。
それからナチスは学校、新聞、ユダヤ人等をどんどん攻撃し、自分はそのたびにいつも不安をましたが、それでもなお行動にでることはなかった。
それからナチスは教会を攻撃した。自分は牧師であった。だからたって行動にでたが、そのときはすでにおそかった」

マザーテレサの言葉から。
「愛という言葉の反対語は、無関心です。無関心であるということは、愛がないということと同じです」
「この世の最大の不幸は病や貧しさではなく、自分は誰からも必要されていないと感じることである」

家族の事や世の中の出来事に対し、「無関心」ほど恐ろしいことは無いと思うこの頃です。感じることがあって、この言葉を紹介しました。
| 日常の日記 | 12:16 | comments(0) | trackbacks(0) |
姫うさぎと姫いぬ
また、大分ブログをお休みしてしまいました。

薬物療法をまとめなくては、薬剤性精神病の怖さを書かなければ・・・・
ここのところ、いろいろなことが重なり、毎日かなり疲れている。
寝たり起きたりの毎日だ。
時々思う。
内向的な人のエネルギーは、外向的な人のそれよりもものすごいと、恐ろしくなることがある。普段多くをかたらず、物静かな人ほど内面は激しいことがある。
十数年前、公立病院の主治医に私の書いた文章を見せたところ、
「ものすごいエネルギーだ。僕にはこれだけのエネルギーはない。・・・」
私は、いつものように黙っていた。
心の中では、「そりゃ、そうだろうよ。」と、思っていた。
仮福真琴という私のペンネームの「仮」と「福」は、それぞれ私の過去についた主治医から、一文字ずつとった。どちらも、くだらない精神科医と思うが、特に「福」は医者である前に、人の道をはずしていたと今でも思っている。
人間、自分のしたことは、自分に帰ってくる。
人間、自分の言ったことは、自分に帰ってくる。

だから、人は人の道をはずさず、
明るく、拘らず、坦々と、自分のやるべきことをやり、
まっとうに生きていけばそれで良い。

今日も疲れているので、この間買ってきたうさぎとダックスフンドのぬいぐるみの写真を掲載します。
かわいいでしょー。

このダックスは、我が家のダックスと同じくらいの太り方で、お姫系の服がかわいかったので買いました。ピンクのうさぎは、赤ちゃんの枕でしょうが、私のピンクのヘアバンドを着けたら、ぴったりでした。主人も娘たちも、「ピンクのうさぎは、のっぺらぼうとおもっていたら、顔があったのか。どこがかわいいんだ。」と、言っていましたが、最近になってやっとかわいさが分かったと言っています。
ひめうさちゃんひめいぬダックグレーのちびうさ
| 日常の日記 | 14:55 | comments(0) | trackbacks(0) |
親子で、遺伝子は何処をどう流れているのだろう
昨日は、久しぶりに天気も良く、梅雨明けしたのかと思ったら、まだそうでは無いらしい。
次女は、24日から大学が夏休みになって、午前中はエアコンをつけて寝ている。
いい気なものだ。
私の短大時代、自分の部屋にエアコンのある友人はちょっと居なかった。
あの頃は、リビングか、うちは古かったので応接間にだけあった。
次女は、昼過ぎに起きてくれば(干し物で)リビングにはエアコンを付け、例のミッキーマウスのトランクスでくつろいでいる。

朝から家事を早く済ませ、長女がOTに行っているので夫と二人で自転車で遠出をした。
ランチでシャブシャブを食べに行った。

夫は、出かける前、「今日は、この夏一番の暑さだぞ。」と、言った。
夫がこういうときは、草むしりはしないという意味だ。
心の中で、「野坊ちゃん」と、思った。

国道沿いの園芸店で、ラベンダー、モネフィラ、アザレア、真夏の花を見つけ、「狭い庭の木を夏のうちから刈ってしまえば、いろいろ植えられる。」と言った。
夫が、「誰がやるんだ。」と言うので、「秋に来る植木屋のおじさんに、夏に来てもらえばいいじゃない。」と言った。

「じゃあ、真琴、お前がその金小遣いから払えよ。」と、返って来た。

「そういうと、思ったわ。」

ついでに、次女と2人で見つけ欲しがっていた、「エンゼルとウサギのクラシックな置物を買って、玄関と2階のサンデッキに置こう。」と言ったら、「狭いから、直ぐ割るぞ!」
こういうロマンチック系の可愛いものは、いつも私と次女の目には直ぐ入る。
長女に言うと、「私には、気が付かなかった。」と、返ってくる。

親子で、遺伝子は何処をどう流れているのだろう。

久しぶりに、夫と食べたシャブシャブは、美味しかった。
| 日常の日記 | 11:28 | comments(0) | trackbacks(0) |
夫は、典型的なA型男性
夫は、リストラされてから、平日は外へ出たがらない。
「なぜ?」と聞くと「みっともないからだ」だと言う。

「何言ってんのよ、あなたを辞めさせた会社のほうが馬鹿なんだから。
家で仕事しているんだからもっと堂々としろ。あんな会社私の念で2,3年で
つぶしてやるぞ。」

草むしりも平日はしない。
犬の散歩も平日はしない。
ちょっと用があるときは、自転車でサングラスをし、帽子を被って近所をきょろきょろ
見回しサーっと出て行く。

そのほうがよっぽどおかしい。

だけどこういう人は、どこか抜けていて、窓を開けて洗面台やバスルームでよく
「ガラーッぺ、ガラーッペ、オイヤー」、と勢いよくやっている。

家は夫以外みんな女性だから朝や昼間シャワーでガラーッペ、・・・これじゃあ夫が昼間いる事が
近所にバレバレなのに気づかない。
夫は典型的なA型男性だ。
私ならもっと別のところに気をつけるけどね。
| 日常の日記 | 21:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
夫は、私の好きなタイプの男がダサくなると喜ぶ
何年か前、私の大好きな俳優の豊川悦司が駅でドラマの撮影をしていた。
私がお風呂に入っていると、夫が会社から帰ってきて
「おい、真琴の好きな豊悦ってやつが今駅で撮影してるぜ。早く風呂でて行ってこい。」
私は、「え、豊悦、豊悦、豊悦・・・。」
急いでお風呂から出てびしょびしょの頭をふき化粧をしている時間もないのでTシャツに
Gパンで駅まで走った。
駅の改札の周りは、若い女性が数百人ドラマのスタッフが縄を張って非常事態だ。
夫が念の為、定期を持っていけと言った。
こういうソツの無い所がA型の夫らしい。
私の定期を見て近所の主婦が「定期あるなら入っちゃえば。」と言った。
勿論私は、入った。電車に乗るふりをして近づいていき、豊悦をまじかに見た。
背が高くて痩せ型で、顔にぱらりとそばかすがある。
あまり見入っていると撮影の邪魔になるのでさり気なく来た電車に一駅乗って帰ってきた。

その豊悦が最近ちょっと太った。
夫はそういうのを見るとすごく喜ぶ。
「真琴が駅まで見に行った豊悦、太ってダサくなったぜ。見てみろ」。
TVに映るたびに、私を呼ぶ。
下北沢の看板にも豊悦を見つけ「見てみろ」と嬉しそうに指差している。

私はミーハーな方ではない。今おばさんたちが夢中の韓流スターも興味はない。
キムタク、ジャニーズ系の美少年も好きじゃない。
基本的に男にあまり興味がない。
男そのものに夢中になるタイプじゃない。
特に若い男は、疲れそうで興味ない。めんどくさい。
苦手なタイプは、エネルギッシュな骨太のタイプ。
好きなタイプと言えば、背の高い、痩せ型の線の細いタイプで、男の好みは、次女と似ている。
控えめでやや暗いタイプが好みなのでひろしは、嫌いではない。
昔の布施明も好きだったが今は、ダサくなったと夫が喜ぶ。
30歳ごろのさだまさしも素敵だったが今は、これも夫が喜ぶ。
夫と同じ郷里出身とは、思えない役者に藤原竜也がいる。
このこは、若いのになかなかレベルが高く才能があると思うが息子の様にしか感じない。


世間のおばさんがハンカチとかハニカミとかいっているがぴんとこない。何の事かと思った。

だけど風呂からすぐ上がり豊悦を見に走った私は、一体何だろう。
| 日常の日記 | 18:30 | comments(0) | trackbacks(0) |
次女の誕生日
昨日7月22日は、次女の21才の誕生日だった。
親はいつもそう思うのだが、早いものでもう21年経った。
お祝いに、近くのサンマルクで4人で食事をした。
カレンダーに、「次女21才誕生日、ママが結婚した年」と書き入れた。
次女は、「何これ?もっと、私にしっかりしろって意味?」

不思議なもので、母親の直感というか身ごもった時から、お腹の子の性格・性別、解かるものである。
私は、身ごもった時から長女とは正反対の次女を、妊娠7ヶ月まで男の子と思っていた。
長女の時のひどいつわりも全く無かったし、お腹の中で余り動かない。5ヶ月過ぎて胎動を感じるようになっても、ゴロゴロするだけだ。実におとなしい、次女の穏やかな性格そのものだった。
長女の時は、違った。年中人の腹を蹴飛ばし、私が寝ようとすると蹴り上げるので寝られない。
次女を、男の子だと思ったのは、男の子はお腹の中で女の子の様に動かないと先輩ママから聞いていたからだ。
そんな次女を女の子だと確信したのは、社宅の庭の芝生で3才の長女とクローバーの首飾りを作っている時だった。突然お腹なの中から聞こえてきた声の様に、お腹の子は女の子に違いない、そして長女より少し小さめに生まれてくる。妊娠8ヶ月の頃だったと思う。
その年の夏は、梅雨明けが遅く、明日こそ明けるか明日こそ夏かと思い、梅雨明けと次女の生まれてくるのがどちらが先かと、次女の誕生を待った。
だから、名前は明日夏にしようか○○夏にしようか、散々迷い○○夏にした。
7月22日、午前11時00分、教会の鐘の音と同時に産声をあげた。教会の鐘の音が次女の誕生を祝うかのようだった。
2880g、2906gの長女より少し小さかった。

顔は、私の生まれた時の写真にそっくりだった。目が一重だったが、数年で大きな二重になると思った。私も、そうだったので。
だけど、性格は私とは違うと思った。

長女は生まれてしばらくすると、何かと私に張り合ってきた。
次女は、これといって、これまで手のかからない穏やかな優しい娘だ。
これも、長女と正反対で、口が遅いのかと思ったら、口数が少ないのか2才頃、「ヤジロベエがどうのこうの・・」と説明した。
いつも、物静かに絵を描いていた。
「○○ちゃん、何か描いてるの?」と、尋ねてみると、「見れば解かるでしょ。」と、さめた言葉が返ってきた。

今、美大の3年生になる。

次女が2歳の頃から、私は通院し出した。
小学校に上がる頃は、私は殆ど多剤・多量の薬漬けで寝ていた。
私の部屋のドアを開けて、寝ているのを確かめると2階に上がり掃除機をかけ、洗濯物をたたんでから、「おやつを食べよう。」と、私を起こしに来てくれた。

今年はまだ、次女に誕生日のカードを書いていない。
明日は、用があるので帰りにカードを買って、なにかプレゼントしよう。
| 日常の日記 | 12:37 | comments(0) | trackbacks(0) |
血は水よりも濃い
1990年12月、私の33才の時の 論文「精神科医の功罪」 は、今読み返すと随分と幼なく純情だ。
インターネットの無い時代だったので、医学書を10数冊買って読んで、その中の成田義弘の「青年期境界例」を下敷きに書き上げた。書き上げた後、○○出版社に送ったが、原稿が帰ってくる訳でもなく何の返事も無かった。自己評価の低い私は、「どうせ、私の書いたものなど・・」と、そのまま出版社に連絡も取らずに、私の部屋の机の引き出しに、この原稿はそのまま13年間眠っていた。その後、薬漬けだった13年間、このままではいけないとこの文章を日の目に出すことにしたのが、始まりだ。
1989年、私が32歳で受けた洞察療法というのは、あのころ随分精神医学会で問題になったらしい。犠牲者(自殺者)もたくさん出したらしい。若い女性患者ばかりだった。私もその1人だが。
新たに患者の心に傷を作った洞察療法、初めて入院した大学病院精神科病棟でも、私と同じような若い女性患者が数人いた。私と同じ医者だった人が、3人。違う医者だった人が、1人。私と同じ医者だった患者は、病棟ではなぜか私と同じ主治医がついた。

親子の相性というものは、年とともに変化する。血は水よりも濃いとはよく、言ったものだ。親亡き後も、親子というものは対話をし続けている。感謝をしているということだ。こんな、神々しい領域に精神科医が手をつけるものではない。思い上がりもはなはだしい。

私は、昭和32年の生まれだが、両親は大正9年、大正12年の生まれだ。私は、両親が結婚して10年目の子供で、長いこと子供を授からなかった訳ではなく、母は結核を患って片肺だった。それでも、結婚して10年近く経つと子供が欲しくなったと、母が33才で帝王切開で私を生んだ。その6年後、39才で弟を帝王切開で生んでいる。当時としては、珍しく遅い子である。

今、私は思う。
父は、私をとても可愛がってくれた。ただ、父の血を強く引いて、気性がそっくりの親子だった。正義感が強く、困っている友人の生活の面倒をみたり、いつも、真っ直ぐな人だった。そして、とても人が良かった。積極的で、どんどん突き進む人だったが、とても線が細く神経が過敏だった。そのため、年中癇癪を起こしていた。晩年まで、すこし顔にチックがあったのを覚えているが、あの時代は、戦争があり、軍隊での経験が心を鍛えられたのだろう。今の時代は、皆メンタルの面で弱くなっていると思う。昭和の高度成長の時代が、父には合っていたのだろう。高度成長時代の勝ち組だった。いつも、ピリピリしていたが、受診歴などなかった。メンタルチェックなどという時代ではなかったのだ。本業はサラリーマンだったが、その他にイロイロなことを手がけ成功した人だった。2代続いたクリスチャンだった。

オーラの泉という番組がある。子は親を選んで生まれてくるという。私は、もしもう一度生まれてくるなら、またこの父を選ぶだろう。向こうが嫌だと言っても。私が、必ず見つけ出す。
母は・・・・。解からない。
父が、また母を妻に選んだら、私は父の妹に生まれてくる。昨年暮れに、父の生まれ故郷を初めて夫と訪れた。今、無性に亡き父に会いたい。私は、父の娘に生まれたことを、とても誇りに思っている。
| 日常の日記 | 11:29 | comments(2) | trackbacks(0) |
夫も夫なら妻も妻、精々仲良くやろう
去日は、朝から夫と神奈川県の山の方まで用事があり行ってきた。
結婚して3年目に初めて建てた家で、まだ夫も若くローンが払えずアパート兼用住宅にした。小田急線の○○駅から1Km半、歩いて24分の距離だ。新婚の2年間は私の実家の離れに置いてもらっていた。引越しの経験も無く、東京23区内の山の手育ちの私には、かなり違和感がある土地柄だった。
そもそも私の両親には、田舎が無い。それでよく母は、「田舎のある人は羨ましい。田舎からいろんなもの、野菜とか魚とか送ってくる。田舎の人は、都会の人と違って素朴だからいいョ。田舎の二男・三男、又は弟のいる長男と結婚しなさい。」いつも、この言葉を聞かされ育った。
なんでも、真に受けてしまうから、真琴という。

結婚後、OLを辞め犬の美容学校へ1年間通いトリマーの免許を取得した。
そして、そこのなれない土地で私は犬の美容師として自宅で看板を出し、アパートにいる数人の私と年の変わらない大学生の面倒をみた。
私は、24才だった。子供は、まだつくらなかった。

今でこそ、随分この家の周りも変わったが、当時は歯科医が一軒も無かった。そして、犬もほとんどが外犬で雑種だった。その頃、まだ日本で30頭しかいなかったキャバリア・K・スパニエルを2頭飼っていた。JKC(ジャパンケンネルクラブ)の人脈もあって、ドックショーなどよく見に行ったものだ。
今でこそ、この土地にもキャバリアを始め、ダックス、フレンチブル、いろんな純血種がいるようになった。

当時は、そんな事、何も知らなかった。私は随分と村八分にされた。

キャバリアを2頭連れて散歩すると、東京の実家では誰も見向きもしなかったが、ここでは、「あの女の人(私の事)おでこが広くて、目が大きくて、あの犬にそっくり。あの女の人が、あの2匹を産んだんだ。」小学校の男の子は、そう言って指差した。それも、毎回散歩に出るたびにだ。夫も同じで、でこが目が大きいので、散歩に夫も加わると、更にエスカレートした。「あの2人の間に生まれた犬たちだ。」屋根の上で仕事をする大工さんたちに大きな声でからかわれたこともあった。犬の美容室という看板も、土着の人たちには、どう映ったろう。

それでも、この土地に住んだ2年間で、トリミングのお客様は、30人近く口コミで増えた。ほとんどが、東京から越してきた分譲地の奥様たちだった。
そのうちに、25才で長女が産まれ、夫は転職することになった。引越し先は東京郊外の新興住宅地のマンション(借り上げ社宅)に決まり、私はほっとした。

それから、毎年、引越しになり、私は病んでしまったのだと思うが・・・。

まあ、そんな事があって、今日はその家(アパート)を27年振りに訪れた。修復工事の結果を見行った。新築の時と同じくらい綺麗になっていた。

実家の父がアパートオーナーもやっていたので、それを傍らに見て私は育った。

実家は、アパートが近所だったからやりやすかったのだろうが、不動産管理はかなりまめでないと出来ない。

夫は、何と言うか目の前に危機が差し迫らないと動かない。気が付かない。ぎりぎりまで逃げる。
それが、何倍にもなって返ってきてやっと動く。いつも、私も娘たちも言っているのだが、学習できない。頭脳的には、私などよりかなり優秀な人なのに、もったいない。これを直せば、もっと出世したろうに。過去に社長賞を2度も取った人だ。

シロアリの駆除も、20年以上していない。いくら言っても、動かない。そのうち、家が傾いてからやるだろう。そういう人だ。

私が言うと「だから、お前ともっているだ。」と、返ってきた。

物事には、プラスとマイナスとがある。

だから、妻が病んだとも言えるのだが。

答えは1つではない。

1+1=2では、ない。

こんな夫だが、私も私だから、しょうがない。
仲良くやっていこう!!

帰りに、温泉に入って帰ってきた。
| 日常の日記 | 15:31 | comments(1) | trackbacks(0) |
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